欠落

ai32006-08-02

子どもは流れてしまった。
義父の住む実家に引っ越す算段で、
挨拶にいった日、義父は機嫌良く私を迎えてくれた。
まるで親子のように一緒に酒を飲み、帰り道、
駅の階段で転んで腹を強打した。



腹痛に耐えて、部屋へたどりつきトイレで嘔吐し、
汚物を流さないままの便器に、真っ赤な子どもを落としてしまった。


私は、一晩中嗚咽して、どうしても水を流す決心のつかないまま
朝を向かえ、産婦人科へ行き、先生にそのことを報告し、帰ってきた。



帰ってくると、部屋の前に義父が待っていた。
実家は借金の抵当になっており、もうすぐあの家はなくなるのだという。
そして、ここへ住まわせてほしい、とは言わなかったが、
そういう面持ちを顔にたたえていた。



昔、暴力をふるい、私の心の欠落を引き起こした張本人である義父と
打算もないのに、まともに暮らせるわけがない。
いずれ、今の殊勝な態度は消え去り、図に乗って、私の生活を、私の心を
義父はまた犯すだろう。


私は、姉の連絡先を教え、あちらは夫婦で住んでいるし、
そのうち孫も生まれることだから、そちらで楽しくやったらいいのでは、と
アドバイスして、義父を帰した。



私には何かが欠けている。
その欠けた何かを埋めてくれるかもしれないと期待した子どもは
そんな大人のワガママに付き合ってられるかとばかりに、
私の中から出ていってしまった。



私の生活の中に、家族はいらないのだ。
実の姉ですら私とは住めなかった。
その場限りの、限りある他人との関係で、日常の空白を埋めるだけでいい。
それが、今の私の答えなのだ。



私は異臭を放つトイレを流し、掃除した。